2016年04月29日

からも永


僕はそれが何であるかに思いあたったのは十二年か十三年あとのことだった。僕はある画家をインタヴェーするためにニューメキシコ州サンタフェの町に来ていて、夕方近所のピツァハウスに入ってビールを飲みピツァをかじりながら奇蹟のように美しい夕陽を眺めていた。世界中のすべてが赤く染まっていた。僕の手から皿からテーブルから、目につくもの何から何までが赤く染まっていた。まるで特殊な果dermes 脫毛汁を頭から浴びたような鮮やかな赤だった。そんな圧倒的な夕暮の中で、僕は急にハツミさんのことを思いだした。そしてそのとき彼女がもたらした心の震えがいったい何であったかを理解した。それは充た されることのなかった、そしてこれ遠に充たされることのないであろう少年期の憧憬のようなものであったのだ。僕はそのような焼けつかんばかりの無垢な憧れをずっと昔、どこかに置き忘れてきてしまって、そんなものがかつて自分の中に存在したことすら長いあいだ思いださずにいたのだ。ハツミさんが揺り動かしたのは僕の中に長いあいだ眠っていた<僕自身の一部>であったのだ。そしてそれに気づいたとき、僕は殆んど泣きだしてしまいそうな哀しみを覚えた。彼女は本当に本当に特別な女性だったのだ。誰かがなんとしてもでも彼女を救うべきだったのだ。

でも永沢さんにも僕にも彼女を救うことはできなかった。ハツミさんは――多くの僕の知りあいがそうしたように――人生のある段階が来ると、ふと思いついたみたいに自らの生命を絶った。彼女は永沢さんがドイツに行ってしまった二年後に他の男と結婚し、その二年後に剃刀で手首を切った。

彼女の死を僕に知らせてくれたのはもちろん永沢さんだった。彼はボンから僕に手紙を書いてきた。「ハツミの死によって何かが消えてしまったし、それはたまらなく哀臉部肌膚檢測しく辛いことだ。この僕にとってさえも」僕はその手紙を破り捨て、もう二度と彼には手紙を書かなかった。



我々は小さなバーに入って、何杯かずつ酒を飲んだ。僕もハツミさんも殆んど口をきかなかった。僕と彼女はまるで倦怠期の夫婦みたいに向いあわせに座って黙って酒を飲み、ピーナッツをかじった。そのうちに店が混みあってきたので、我々は外を少し散歩することにした。ハツミさんは自分が勘定を払うと言ったが、僕は自分が誘ったのだからと言って払った。

外に出ると夜の空気はずいぶん冷ややかになっていた。ハツミさんは淡いグレーのカーディガンを羽織った。そしてあいかわらず黙って僕の横を歩いていた。どこに行くというあてもなかったけれど、僕はズボンのポケットに両手をつっこんでゆっくりと夜の街を歩いた。まるで直子と歩いていたときみたいだな、と僕はふと思った。

「ワタナベ君。どこかこのへんでビリヤードできるところ知らない」ハツミさんが突然そう言った。

「ビリヤード」と僕はびっくりして言った。「ハツミさんがビリヤードやるんですか」

「ええ、私けっこう上手いのよ。あなたどう」

「四ツ玉ならやることはやりますよ。あまり上手くはないけれど」

「じゃ、行きましょう」

我々は近くでビリヤード屋をみつけて中に入った。路地のつきあたりにある小さな店だった。シックなワンピースを着たハツミさんとネイビーブルーのブレザーコートにレジメ韓國 泡菜ンタルタイという格好の僕の組みあわせはビリヤード屋の中ではひどく目立ったが、ハツミさんはそんなことはあまり気にせずにキューを選び、チョークでその先をキュッキュッとこすった。そしてバッグから髪どめを出して額のわきでとめ、玉を撞くときの邪魔にならないようにした。  


Posted by だけを平らに削っ at 12:59Comments(0)
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