2017年03月27日

ほんとうけんぼろ山夏

白狐さまが江戸時代の初めのころに告げた、本当の名前を父ちゃんは覚えていると言った。白狐さまは、動物の中ではかなり位の高い狐で、神さまから「神さまの出来そこない」という名前を貰っていた。
やることをやりながら父ちゃ激光矯視 中心んはいつも、悔しいくらい格好良い……。

「日露戦争の頃にも言っただろう?お前の名前は、「淡島(できそこない)」なんかじゃないってな。俺が付けてやった八紘という名前には「世界」という意味がある。この世の果てまで、一緒に居てやるって言ったはずだぜ。末世も近いが、まだその時じゃないからな。なあ、八紘。俺ぁ、お前に何かあった日には、いつだってすべてを投げ打って駆け付けるぜ。それが惚れた相手に対する男のけじめってもんだ。」

「長次郎~……ああんっ。」

「あんたには、もっと似合いのやつがいるじゃねぇか。さあ、涙を拭いてあんたの世界に帰りな。俺とあんたじゃ、住む世界が違うんだよ。」

「いや、いや。わたくしを帰さないで。どうかお願い、わたくしをあなたの一夜限りのお嫁さんにして。たった一夜を思い出に、わたくしはずっと生きて行きますから……。」

別れを告げに来た父ちゃんに母ちゃんは必死に縋り、長次郎さん、お願い、行かないでえぇ―――と、よよ……と、泣き崩れたらしい。

「まったく、俺も罪な男だぜ。」

脳髄に響く魅惑の重低音でそう言ったかどうかはわからないけど、流れものの父ちゃんは、結局母ちゃんの渾身の誘惑に負けてしまい、とうとうお屋敷の片隅で、激しく腰を振っ楊婉儀幼稚園たのだった。「据え膳喰わぬは、男の恥」は、万国共通、生きとし生けるものの男の信条だった。

「きゃああぁぁーーーっ!ジョセフィーヌちゃんが、野良犬に襲われているわ~~!」

野良の父ちゃんに良く似た、おれ達4匹は暖かい部屋の中には入れて貰えなかった。おれ達の家はお勝手の外にある「白菜」と書かれた段ボール箱の中だった。
お勝手の鉄の扉はきっちりと堅く閉じられて、おれ達がどれほど鳴いても開けられることはなかったんだ。

「かあちゃん、お腹が空いたよう~」

「え~ん。かあちゃん~。」

母ちゃんの必死の抗議で、ほんのしばらくの間だけ乳を貰うことができたけど、おれ達はまだチビだったから自分たちで餌を取ることもかなわない。ふかふかとした、母ちゃんの長い毛に包まれて眠りたかったけど、そんな叶わない夢よりもご飯の方が大切だった。

「可哀想になあ。夕べは声を頼りに捜したけど、どこにいるか分からなかったんだ。他の奴はもう駄目みたいだな。夕べは寒かったからなぁ。せめて、箱のふたが開いてればよかったのになぁ……。」

誰かが鼻の頭をつんつんとつつく。
浅い河原の凍りついたところへ、俺たちは入れられた段ボールごと捨てられていたみたいだった。中州にあったから箱が濡れる前に、少しは流されたのかもしれないと、そいつは言った。

「段ボールが沈んでしまわないで良かったよ。」

段ボール箱には水が染み込み、芯から体が冷えていた。

「おいで。……あはは、すっごく腹ぺこみたいだな。」

目の前に来たいい匂いの指先をちゅっちゅっと吸った。
どうして、俺には「本能」があるんだろう。どうして、俺にはいろいろとわかってしまうんだろう。
こいつはいいやつだと、匂いがささやく。付いて行っても大丈夫だ。
きっと、ご飯をくれる。
俺はきゅんきゅんと鳴きながら、そいつの腕の中に鼻先を埋めた。
俺を拾った人は、大学生だった。
名前は葉山夏輝(はやまなつき)と言った。輝は大Foodwise凍肉品質家さんに必死にかけあって居場所を作ってくれた。

「うちは、由緒あるマンションだからね、生き物は全てお断りだよ。」

確かに由緒はありすぎて、築35年のアパートは西側に少し傾いている。
俺の飼い主は、俺を手放さないで済むよう必死に思いつく限りの交換条件を出した。

「大家さん。外階段の手すり、確かペンキ屋入れて塗り替えするんですよね。」

「そうなの、見積もり出してもらったら20万だって。冗談じゃないわよ。足場が必要になったら別途料金だそうだよ。」



Posted by だけを平らに削っ at 13:23│Comments(0)
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