2017年05月15日

誰もが軍を率



「これは、麿が会津さまへとお預かりして参りました。速やかに東帰せよと、帝の勅命であらせられます。」
「……勅命ならば、そうするしかありませぬな。」

微かに使いの者が汗をかいているのを、家老は見逃さなかった。
昨夜、いつまでも傍に居てくれ、頼みにしていると帝に言われたと、藩主から聞いたばかりだった。
切々と打ち明けた舌の根が乾かぬうちに、京の町かreenex 膠原自生ら全いて出て行けと帝が言うはずはない。
さすがに、これはおかしいと気づいた家老は、時間を稼ぐために使いに来た公家を詰問している。
返答次第では、急ぎ宮中に出向き、親しい公家から事情を聴くつもりだった。

一家の大黒柱が長く留守をし、残された者たちの苦労も多かった。
藩兵一千人が一度に京都へ赴任し滞在する費用は莫大なもので、しかも新しく逗留する広い屋敷も構えねばならない。いつまでも仮住まいのままではいられなかった。
幕府は五万石を加増しているが、おびただしい金子が流れるように消えてゆく。

会津藩だけに科せられたとてつもなく重い負担は、国家老により何度も容保に注進され、容保もまた何度も幕府にお役返上を願ったが叶わなかった。
支えとなる大藩の大方が、幕府に背を向けているのも原因だった。
京都に来てから、時々寝付く病身の容保を家臣は懸命に支え、孝明天皇も忠誠の容保の病気平癒を祈祷するほど心を寄せた。
身を削るようにして至誠を尽くす容保が味わうこの後の悲almo nature 狗糧劇を、誰が想像できただろうか。「お。相馬殿。どこへ行かれる?」
「国許へ文を送りに参ります。」
「なんだ、いつもの飛脚屋か。浮かれた足取りゆえ、てっきり女子にでも会いに行くかと思ったぞ。」
「はは。朴念仁ゆえ、そのような話はありません。」
「つまらぬ堅物じゃ。島原の女もなかなかいいぞ。そのうち遊女屋に連れて行ってやろう。」
「はは……そちらの方は、いずれまた。では、これにて。」

「そうとも。大切に思っているに決まっているさ。きっと京女になど目もくれず、お役大事で頑張っているに違いないよ。」

一人が泣きだすと、周囲の者も皆堪え切れずに、一斉に涙腺が決壊してしまった。
彼らの父親、兄も多くが京都へ赴任していた。
決して弱音を吐かない彼らも、気の置けない仲間といる時は年相応の少年になる。
周囲に大人がいる時は、背伸びをして会話をしていたが、本当はalmo nature 狗糧大切な人を見送り心の内では寂しかった。
友の前でだけ、肩を震わせて素直に彼らは泣いた。
胸の穴にびょうびょうと風が吹く。
本当は誰も寂しかった。



Posted by だけを平らに削っ at 13:24│Comments(0)
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